2020年3月10日火曜日

第26回子ども脱被ばく裁判期日報告と感謝

子ども脱被ばく裁判につながるみなさま

 3月4日(水)、福島地裁で行われた子ども脱被ばく裁判第26回公判に多数ご参加くださり、心より感謝申し上げます。今にも雨や雪が降りそうな寒さでしたが、12時より始まった地裁前アピールには80名ほど集まり、通路を確保するために両脇に長い列ができました。諸裁判の原告や支援者より連帯と激励のアピールをいただき、1678筆の署名を持って地裁に入る原告団を拍手と声援で送りました。60席の傍聴券に103名が並びました。福島の支援者のためにとご自身の傍聴券を譲ってくださった方々、また知り合い同士が裁判の前半と後半に分かれて傍聴した多くの方々に心より感謝致します。

 以下、片岡の個人的な感想も含め当日の法廷の様子を報告します。長文容赦ください。
 法廷に現れた山下氏は傍聴席を見ることなく着席し裁判が始まりました。冒頭約40分間、スライドを使って、被告国と県の代理人が質問しながら、山下氏が主張してきたことの説明がありました。その後90分に亘る尋問で原告代理人6名は、福島原発事故後の山下氏の発言の矛盾を次々と指摘。あの時は緊急時であり、パニックを起こしていた県民を鎮めるために、放射線の危険性は敢えて省き単純明快な説明したが、それは意図的ではなかったと述べる一方、一部自分が発した情報や発言の誤りを認めました。

 山下氏が主張するクライシスコミュニケーションは緊急時には相手の意見を聞く必要はなく、安心させることが目的です。しかし、本来のクライシスコミュニケーションは緊急時だからこそ情報を開示し安全を確保することであり、コミュニケーションは双方向のやりとりが大前提です。そして、なにより科学者の使命は、科学的な検証によって得られる事実が、例えリスクのあることであっても伝え、この社会に役立ていのちを守っていくことだと私たちは考えます。緊急時だからこそ、正しい情報を私たちは求めるのです。しかし、山下氏は独自のクライシスコミュニケーションを展開し、それが家族や地域社会の中に大きな分断を持ち込み、私たちは今でも苦しんでいます。本人は科学的根拠に基づいたものだったと主張しても、世界的権威の「ニコニコ発言」は究極的なパターナリズムでしかないと言えます。
※パターナリズム(英: paternalism)とは、強い立場にある者が、弱い立場にある者の利益のためだとして、本人の意志は問わずに介入・干渉・支援することをいう。 親が子供のためによかれと思ってすることから来ている。ウィキペディアより

 一部、自分の誤りを認めた山下氏が強く否定したのは「小児甲状腺がんの多発」について、弁護団が追求したときでした。大きな声で「多発ではない、多数見つかっただけだ」と答えました。他の自分の言動の誤りを認めたとしても、甲状腺がんだけは認めるわけにはいかない。認めてしまったら、原子力政策の根幹を揺るがすことを意味するのだろうと想像していました。声を荒げることがないイメージの山下氏だっただけに、その場面はとても印象的でした。

 弁護団は、山下氏の言動の矛盾を突き付け渾身の追求を続け、その指摘を受け一部誤りを認め「言葉足らずの説明だった。誤解を招いたなら申し訳ない」と謝罪の言葉を述べましたが、首筋が徐々に赤みを帯びていく様子が最後列の傍聴席からも見て取れました。原告席からは唇が震え始めた様子が見えたとのことです。

 最後に被告代理人の「どのような思いでリスクアドバイザーを務めたのか」との追加質問に、山下氏は次のような発言をしました。「長崎の原爆被爆者、チェルノブイリ事故の被災者に接した経験を福島に活かすというのは運命的だと感じた。福島県民に一番伝えたかったことは『覆水盆に返らず』ということだった」。その発言を受けて被告代理人から、すぐさま「リスクアドバイザーとして県民の健康を願っていたのですね」とフォローがあり「その通りです」と返答。彼の心の中にはあったのは、県民ではなく「自分の運命」と「覆水盆に返らず」でした。2011年5月5日、喜多方市で行われた山下氏講演会で聞いた結びの言葉「今は国家の緊急時。国民は国家に従わなくてはならないのです」から何も変わっていない、被災者被害者の訴えとはかけ離れた9年間を、彼は過ごしていたことが分かりました。

 傍聴券を入手できなかった参加者は市民会館へ移動し、水戸喜世子共同代表が担当する学習会に参加しました。
最初に、2月29日と3月1日に行われた「ふくしまはオリンピックどころでねえ」のスライドと報告を行いました。ちょうど学習会に参加した武藤類子さんからも詳しくお話を伺いました。次ぎに井戸弁護士のスライドを使って「被ばくの仕組み、不溶性微粒子の存在と健康影響、多岐に渡る放射線健康被害、司法は内部被ばくとどう向き合ってきたのか」を説明。水戸代表の説明に河野益近氏が加わり、さらに分かりやすい学びとなりました。最後は東電刑事訴訟のDVD上映でした。参加者は30名弱となりました。裁判とほぼ同じ3時間で終了。武藤さんや河野さんのお話を直接伺うことができたと、参加者からも好評でした。

 裁判終了後、傍聴者は市民会館へ移動し学習会参加者に合流し、弁護団報告と記者会見、意見交換が行われました。闘い抜いた弁護団からは追求の焦点や法廷で明らかになったことなど、詳しい報告がありました。また支援者からは最終弁論に向けて弁護団に期待と要望が出されました。報告集会の模様はIWJの動画で本日3月10日夕方6時より、配信になります。また支援団・脱被ばく実現ネットからは既に配信されています。

 フリージャーナリストの粘り強い取材に感謝いたします。今回は全国メディアの取材もありましたが、私が把握している県内メディアは1社でした。今野寿美雄弁護団代表は期日毎に記者クラブに案内を送り、ここ数回は弁護団による事前記者レクも行いました。このように県内メディアの動きがないことは「敢えて取材しない」姿勢の表れではないかと考えられます。安心神話を牽引する山下氏や鈴木眞一氏の出廷は、オリンピックによる復興騒ぎに逆行することなのでしょう。

 6年に近く行われた口頭弁論の最終証人尋問に山下俊一氏が立ったことは、東電福島第1原発事故被害の原点に戻ったことを意味します。この裁判はいくつもの「難しいかもしれない…」と思えることを実現させてきました。これは弁護団の奮闘なしには為し得なかったことです。法廷で正義を実現させることだけに、邁進してきた弁護団の結束力と弁護士魂に心から敬服します。どれほどの感謝の言葉でも不充分だと感じています。弁護団は今月には合宿を開き、最終弁論に向けて、さらなる力を結集していきます。
 原告のみなさんがいなければ、この裁判は成り立ちませんでした。支援者の代表として原告のみなさんの勇気ある決意に深く感謝いたします。子どものいのちを守り権利を回復するため、あの時の、そして今もなく続く苦しさ悔しさを述べた意見陳述の姿が忘れられません。そして、支援者のみなさまの本裁判への揺るぎない期待と信頼、そして力強い支えなしには、ここに到達することはできませんでした。支援団独自の動き方、個々人の支援の仕方から事務局は多くを学ばせていただきました。深く感謝申し上げます。

 次回はいよいよ最終弁論となります。期日は7月28日(火)午後1時30分より。当日の日程は後日ブログなどでお知らせします。またこの日が「公正な裁判を求める署名」の最終提出となります。今回の提出により82142筆が裁判所に提出されました。あと少しのご協力をお願いいたします。

 井戸謙一弁護団長から詳細な報告が出されました。また支援団のブログやメディア報道も合わせてご覧ください。第21回期日以降、各支援団が持ち回りで会報「道しるべ」号外を編集発行しました。3月発行された会報「道しるべ第13号」は第21回から第23回期日で配付された資料の「号外特集号」です。また会報「道しるべ第14号」は第24回、25回の配付資料と第26回報告の「号外特集号第2弾」として4月半ばの発行を目指します。証人尋問の総まとめとしご活用ください。近日中に、道しるべ第13号をブログにアップします。
 
 ぜひこの報告や報道で、今回の法廷で明らかになったことを広め、お近くの方と共有してください。それが弁護団の熱い思いを呼応することになります。恐らく東京五輪真っ最中の開廷になりますが、7月28日、みなさまと福島地裁で会えることを心より楽しみにしております。



子ども脱被ばく裁判第26回口頭弁論期日のご報告 
弁護団長 井戸 謙一

 さる3月4日、山下俊一氏の証人尋問が行われ、この裁判の終盤の大きな山を越えました。弁護団としては、万全の準備をして臨んだつもりでしたが、振り返れば反省点が多々あります。しかし、獲得した成果も大きかったと考えています。
 山下氏は、尋問前に提出書面で、自分が福島県民に対してしたのは「クライシスコミュニケーション」であり、住民のパニックを抑えるためには、わかりやすい説明が必要だったのだと正当化していました。しかし、いくら緊急時であっても、住民に嘘を言ったり、意図的に誤解を誘発することが正当化されるいわれはありません。私たちは、山下氏がした具体的な発言の問題点を暴露することに重点を置きました。
 山下氏は、福島県内の講演では、ゆっくりと余裕を感じさせる話しぶりでしたが、法廷では、語尾が早口で消え入るように小さな声になり、緊張感が窺えました。尋問によって山下氏に認めさせることができた主な点は、次のとおりです。

(1) 100ミリシーベルト以下では健康リスクが「ない」のではなく、正しくは「証明されていない」であること

(2) 国際的に権威ある団体が100ミリシーベルト以下の被ばくによる健康影響を肯定しているのに、そのことを説明しなかったこと

(3) 「年100ミリシーベルト以下では健康被害はない」との発言は、単年だけの100ミリシーベルトを前提としており、連年100ミリシーベルトずつの被ばくをする場合は想定していなかったが、住民には、連年100ミリシーベルトずつの被ばくも健康被害がないとの誤解を与えたこと

(4) 「1ミリシーベルトの被ばくをすれば、遺伝子が1つ傷つく」と話したのは誤解を招く表現だったこと、すなわち、実効線量1ミリシーベルトの被ばくをすれば、遺伝子が1つの細胞の1か所で傷がつき、人の身体は37兆個の細胞でできているから、全身で遺伝子が37兆個所で傷つくことになるから、自分の発言は、37兆分の1の過小評価を招く表現だったこと

(5) 子どもを外で遊ばせたり、マスクをするなと言ったのは、リスクとベネフィットを考えた上のことだったこと(すなわち、子どもを外で遊ばせたり、マスクをしないことにはリスクがあったこと)

(6) 水道水にはセシウムが全く検出されないと述べたのは誤りだったこと

(7) 福島県民健康調査で福島事故後に生まれた子供に対しても甲状腺検査をすれば、多数見つかっている小児甲状腺がんと被ばくとの因果関係がわかること

(8) 鈴木眞一氏がいうように、福島県民健康調査で見つかり摘出手術をした小児甲状腺がんには、手術の必要がなかったケースは存在しないこと、

被ばく医療の専門家が住民に対してこれだけ多数の虚偽の説明をした目的は何だったのか、山下氏を利用した国や福島県の意図はどこにあったのか、今後、これらを解明していかなければなりません。弁護団は、これから最終準備書面の準備にかかります。裁判は、次回の7月28日午後1時30分からの弁論期日で結審します。年内か年明けには判決が言い渡される見通しです。最後までご支援をお願いします。2020年3月7日 以上

2020年3月10日
子ども脱被ばく裁判の会 共同代表 片岡輝美